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便利であることと豊かであること

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この前会社の電動エスプレッソマシンが壊れて

久しぶりにドリップコーヒーにしてみんなで飲んだときがあって

そのときその古い習慣に賛否両論だったんだよね。

カプセルなら早くておいしいし、味も安定してるのに、みたいな。

不便だってさ。うん、間違いないね。

っていうかドリップコーヒー初めて飲んだっていう人もいたし。

そのとき思ったんだよね、オレはその『時間』を楽しんでるんだなあって。

フィルムカメラも古い自転車もそう。

車もそうかもしれない。

快適ではないかもしれないものとの時間。



それで思ったんだけど、これは別に懐古主義とかではなく、

時は金なりの解釈の違いにつながるんじゃないかと(ホントか?)。

以前は限りある大切な時間をめいっぱい使いたかった。

最近はというと一度にたくさんスケジュールを詰めなくなった。

ひとつひとつをゆっくりじっくりな感じ。

そんなことしてたら、いつの間にか流行りとか旬な~とか期間限定~

みたいなキーワードに心が触れなくなっちゃったんだけどね。

ファッションとか、最新号とか話題のものとかも、なんか。

歳のせいもあるねきっと。

ジャンルによっては、これではいかんなとも思ってるんだけど。



以前は最新のアイテムや情報がないと『遅れている』国とか人だと思ってた。

そして自分がもしなにかその新しいものを持ってないとか知らないなら

恥ずかしいなオレ、と感じてたと思う。

そのときはどんどん古いものが新しいものになって便利になることが

豊かさや、もっというと幸せであることとイコールと思ってた気がする。



好きなものをひとつ、古くなっても直しながら使い続ける。

きっと他者との比較をあんまりしなくなったんだと思う。

自分が好きかどうか、でやっと判断できるようになったのかもしれない。

なんかすごく長くなってしまったぞ。
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by ide2525 | 2015-03-05 20:10 | ミュンヘン
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